ひだまりブログ

創作の事とか、何ぞ色々紹介したりとか(。╹ω╹。)

一話のお試し読み<(╹ヮ╹)>こういうの書いてます

 女の恋は上書き保存。

 俺は……上書きされたのだ。




***

隙あらば肌を焼こうとするこの暴力的な日光が、涼やかに葉を撫でる秋風に、毒気を抜かれた頃。

 

「あー……」

 

 ビールを注いだ時のように、細かく泡立つ尿に対して不摂生が祟ったかと嘆く。

 最近の食生活は、カップ麺とコンビニ弁当。

 不健康まっしぐらだ。

 

「そりゃこんな色になりますよっ、と……ん?」

 

 用も足し、レバーに手をかざした瞬間我が目を疑った。

 

「うわっ……」

 

 便器の中が赤い。

 よもや血尿を出す程までに、自分の体は限界だったのかと驚愕したが。

 

「いやいやいや、んなバカな」

 

 先程手元を見ていた時は、黄色みが若干強い程度だったじゃないか。

 いまいち状況が理解できず。改めて便器を深く覗き込むと……

 

「何だ……コレ……」

 

 今度は黒く澱んだ何かが見えた。

 最初、その黒は自分の髪が反射したのだと思っていたのだが、顔を近づけたと同時に、ゴポンと音を立て、容赦無くこの身を包み込む。

 

「――っ!?」

 

 水では無い。

 ドロドロとした液体の中、必死でもがくが、息が漏れ出るだけだった。

 次第に、味わった事の無い、甘ったるくも苦々しいような味が口の中を支配し。

 

 意識は、深い闇へと落ちていく――――





 思えば実りのない人生だった。

 父の勧めで、小さな頃から剣道をしていたのだが。俺はよく言う出来た子で、物事を難なく習得してしまい、逆恨みされる事も多かった。

 

 子供とは残酷なもので、加減の分からぬのか容赦がない。俺はそれが煩わしく、中学入学と同時に剣道を辞めた。

 

 それからは出来るだけ目立たず、灰色の学園生活を送っていたが。

 あれは中一の夏。

 書店で何気なく目に入った漫画にハマり。漫画を見る視点が変わる。

 

 紙なのに、まるでアニメを見ているかのような迫力のあるバトル描写。

 キャラの息遣い。気持ちが明確に伝わる魅力のあるストーリー。

 それを読んでいる間、その登場人物になったような気がして、勇気が出た。

 

 読むだけで、心が満たされる漫画。

 俺もいつかこんな漫画を描いてみたい。

 こうして誰かを満たしたい。

 そう思ってからは早かった。

 

 元々何でも器用にこなせる人間だったのが幸いし、画力はさほど問題も無く。描いていく内に友達も出来て、友達に見せる為に我武者羅に練習して、自分の絵柄というものが定まった。

 そして物語の作り方を独学で学んで、高校卒業を機に上京。

 

 だが、上京したからといって別に漫画家になれるわけでもなく、バイト生活で食いつなぎ、描いて描いて、描きまくって出版社へ何度か持ち込んだ。

 しかし……決まって言われる事は、絵は上手いが、都合が良すぎる。という辛辣な言葉だった。

 

 上京して早二年。

 良く持ち込みを見てもらっていた編集さんの提案で、まずは現場という物を知るべきだと、その時丁度人員を募集していた青年漫画家の元でアシスタントとなり。

 朝はバイト、夜はアシスタント業務の二足のワラジを履きながら、そこで学んだ事を活かして、今まで以上に自分の作品を書き上げた。

 

 しかし、無理が祟ったのか腱鞘炎を患い、ペンを握れなくなってしまう。

 勿論バイトも出来ず、家出同然に飛び出した実家にも頼れないので、細々と生活を続け。そろそろバイト先にも、アシスタントも復帰出来ると喜んだ頃。

 

 同じバイト先の後輩で、付き合って一ヶ月もしない彼女から、絶望的なメールが届く。

 

 文面はこうだ。

『いい人なんだけど、一緒にいてもつまんないんだよね、別れよ?』

 

 意味が分からず、別れたくないと電話した。

 だが彼女の心は既に俺に無く。俺が居ない間、仲の良かった俺より一つ年上の先輩を好きになったと泣かれてしまった。

 

 泣きたいのはこっちだ。

 お前が俺を好きだと、一目惚れだったと言ってきたんじゃないか。

 だから俺は、まだよく知らないお前を知ろうと頑張って。小さな事でも良く笑う、そんなお前を好きになったのに……

 

 

 こうして俺は彼女に振られ、時折言う事を聞かない利き手に苛立つ、世知辛い日々を送っていたのだ。

 




 死因、便所で水死か……最低な死に様だな。

 走馬灯を体験し、改めて人生を振り返っていた俺は、この暗闇が先ほどまでとは違い、ほんのり明るくなった事に気が付いた。

 

 それと同時に、揺さぶられているような振動と、荒い息遣い。そして鼻に付く獣臭に目が覚め、ずっと閉じられていた瞼を開けるべく、力を入れると……

 

「えっ……」

 

 激しく揺さぶられる体は、直接冷たい外気が当たり。

 上下する度に体の右側に、針金のようなゴワついた毛並みが擦れていく。

 鼻をつく獣臭の正体。

 

 嘘だろう?

 息を乱し、木々をすり抜けるように俺を抱え走るのは……

 

「クっ、クマっ!?」

 

 見上げた視線の先には、顎しか見えないが、輪郭といい、毛並みといいクマとしか思え……っていうかやっぱりクマしかありえなくて。

 

 俺の背は平均的な成人男性と変わらず、低くもなければ高くもないのだが、その体をいとも容易く抱き上げ、その身をすっぽり包んでいるこのクマは。体格差からいって、大きさは二メートル。いや、それ以上はあるかもしれない。しかも、なんで俺パンイチなの?

 

 全然状況が理解出来無い。

 待って、俺はさっきまで便所で……えーとそうだ。便器に飲み込まれて――

 いや、これも意味が分からないんだけど。

 

 あぁ。これは夢だ。 

 だって、人をお姫様抱っこで抱えて、二足歩行で走るクマってなんだよ。

 感触がやたらリアルだが、夢だ。そうに違いない。

 

 クマも従順というか、こちらに脇目もふらず、ただ走っている。

 どこまで行くのだろう。この先には何があるのだろうと気になり、その先を見るが、見渡せど見渡せど木々がお生い茂っており、ずっと森。

 

 状況は大概だが、何だか、今までの事が途端どうでも良くなって――

 

「風が気持ちいいな」

 

 なんて、余裕も出てきた。

 結局これは多分夢で、現実の中の俺は、今頃便所で倒れてるとかだろう。と、冷静に分析する。しかし、何故パンイチ。

 

「夢は深層心理の現れだって言うんだっけ。俺にこんな願望があったとはな」

 

 なんという事を考えていたのか。

 これが夢で良かった。と胸を撫で下ろしていると……

 

『我を護りし精霊よ……闇に染まりし敵を討て!!』

 

 力強く、よく通った声が何処からか聞こえ、青光りした何かが連続で前方の木々を横切った。

 

 その光に慌てたのかクマも足を止め、一緒に辺りを見回すと、それが放たれた方向から現れたのは、白い大きな帽子を被った、エンジ色のスカートを履いた少女だった。

 

 暗い森の中でも目立つ桃色の髪に、燃えるような赤い瞳。

 少女はこちらに気がついたのか、短い悲鳴を上げた。

 

「えっと……」

 

 いくら夢の中でも挨拶すべきだろうか。なんて悩んでいると、少女は何とも言え無い困った顔でこちらを見るので、ハッとした。

 

 そうだ。俺今パンイチだ。

 森の中で、クマに抱かれたほぼ裸の男に出会ったら、誰でもそうなるだろう。

 大きな悲鳴こそ上げないとはいえ、控えめに言わずともこれは俺にドン引いている状態だ。

 

「こっこれにはワケがっ!」

 

 慌てて弁明しようとするが、少女の顔は険しく、先ほどから持っていた棒をこちらに向けた。

 

「そこを動かないで下さい!」

「待て! 落ち着け! 俺は怪しい者じゃっ!」

 

 言葉を言い終わらない内に、少女から、先ほど見た青白い光が数個放たれ、俺は反射的に目を瞑った。

 すると、鈍い音を立て、生温かい何かがベチャリと頬に飛ぶ。

 

「え……?」

 

 血のような色をした粘り気のある液体。 

 クマが殺られたのかと思ったが、違った。

 

「早くこちらへ! そのスライムは危険です!」

 

 クマの背後にいたのは、同じ位に大きく膨らんだ、テラテラと赤く艷やかな光を放つモノ。

 

〔スライム〕

 粘着性の強い液状の魔物。

 

「うわぁああああああああ!!」

 

 俺の叫び声を聞いたクマは、少女の誘導した場所から少しそれてしまったが、再び走り出す。

 

「そっちじゃありません! こっちです!」

「そう言われてもっ!」

 

 クマの足は早かったが、少女も何とかついてこれるスピードだったらしく、必死ながらも並走してくれた。しかし方向転換しようにも、クマが勝手に動くのだからしょうがない。俺だって、好きで抱かれているわけでは無いのだ。

 

「お願い! 止まって!」

 

 少女の悲鳴に似た声は、クマに届かなかった。

 

 それは突然。

 森を抜けたのだと思った次の瞬間の事。

 

「嘘だろ……」

 

 視界に広がる空は曇天模様。

 すぐそこにはむき出しの岩肌があり、すごい速度で視界がブレ、下からの風が体にぶつかる。そう、俺達は崖から落ちていた。



 こりゃいくら夢でも死んだな。

 そう思える位、崖は高かった。

 クマも流石に驚いたようで、俺から手を離す。そのおかげで、クマの全体を拝むことが出来た。

 

 焦げ茶色の毛並みに、額に大きく描かれた三日月模様。

 位置的にツキノワグマでは無い。

 図鑑でも見たことが無い巨大熊。ずっと抱えられていたから、変な情が湧き。夢でも共に死にゆく事が何故か悲しくなった。

 すると――

 

『我を護りし精霊よ! 我と彼の者に風を運びて舞い上がれ!』

 

 聞こえるはずの無い少女の声が、風と共に運ばれ。目の前に魔法陣のような物が広がった。それと同時にふわりと浮く体。

 真横で落ちていたクマも浮いている。

 俺達はゆっくり地面に落ちていき、少女は俺を抱きとめると、息を切らし、精一杯の笑顔を向けた。

 

「良かった……間に合って……」

「……」

 

 不甲斐ないことに地面に足がついた途端、俺は力が抜けてしまい、俺を支えた少女はバランスを崩し、共にその場に倒れ込んでしまう。

 

「ははは……」

「あ、はははは……」

 

 背中の皮膚に、地面の砂が当たっていて痛かったが、地面に体が触れている事が、こんなにも安心出来る事だとは思わなかった。

 

 それと、ずっと俺を離さなかったあのクマは、不思議な事に、着地した瞬間逃げてしまい。二重の意味で助かったんだ。と俺は安堵する。

 

「大丈夫で――」

 

 一緒に倒れ込んでいた少女が、まず先に起き上がり、羽織っていたマントのような物をかけてくれたのだが……

 微笑を浮かべていた顔が、一瞬にして強張る。

 

「なんてこと……」

「え……?」



 異変は既に起きていた――――

 

 

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